
もうこれだけで年代がわかっちゃいますね。
同年代の方 特に男性なら知らない人はいない と言っていいくらいかな。
鶴田浩二 『傷だらけの人生』 1970年12月発売
1970年というと 僕が17歳 青春真っ盛り。
山梨移住日記 僕も古い奴なので
近頃 どうにも気になって仕方がないことがあるんです。
それは・・・
『スーパーでリンゴが売っていた』 の 『が』 の部分。
今や NHKのアナウンサーですら こういう言い方をします。
まして民放なら なにをかいわんや ← これも古いか
ちょっと小難しい話になっちゃうけど 『売る』 は他動詞で
人や集団 が 物 を 売る
『スーパーでリンゴ を 売っている』 が正しい言い方です。
なので リンゴ が と来れば リンゴが何かを売っていなければなりません。
『スーパーでリンゴちゃんが 飴を売っているよ』
みたいなメルヘンの世界。
どうしても が がいいんだ! って時は
『スーパーでリンゴが売られている』 です。
リンゴは 自分でなにかをすることはできないからね。
山梨移住日記 言葉は変化する
ってことはわかっちゃいるんだよね。
過去から現在に至るまで 変化し続けているんだ 今 普通に使っている言い方だって 昔はそんな使い方じゃなかった って 多分 沢山あると思う。
だから この が の使い方も 『嘘も言い続ければ本当になる』 『嘘も100回言えば真実になる』 と一緒で もう普通の言い方になるのかもしれないですね。
他にも気になる変化はたくさんあって 例えば 1000円弱 の解釈 8時10分前 の解釈。
僕たちの年代と若い世代では 解釈が異なるんですね。
そう わかっちゃいるんですよ でも 長年 染みついた感覚は どうしても受け入れ難いんです。
『頑固ジジイ』の典型かな。
今日は どうでもいい話だったけど 同感していただける同年代の方も多くいらっしゃるんじゃないか という希望的観測のもと 投稿させてもらいました。






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