南アルプス市移住日記 山梨交通の 通称『ボロ電』

田舎暮らし

その昔 ぼくの妻が ここ山梨の櫛形町(現南アルプス市)にいたころ(昭和32年頃) まだ走っていたという 通称 『ボロ電』 

旧 櫛形町方面は養蚕が盛んで 人の行き来が今よりずっと多かったようです。

実際 妻の母親の実家は養蚕農家だったんです。

妻が子供の頃は まだ母親の実家は養蚕をやっていて 泊まると 蚕が桑の葉を食べる音が一晩中響いていたとか。

山梨交通電車線

甲府駅の南口の階段を降りて左側のビルに 『甲府駅前駅の跡 記念碑』という碑が立っています。

このビルのあるところが 電車が走っていたころの駅 というか 停留所(ちゃんとした駅だったのかもしれない) の跡なんですね。

今では 誰も見向きもしない碑がひっそりと佇んでいます。

で その碑の横の自販機では ↓

こんなものが販売されています。

道路に名前が残っている

でね 南アルプス市に移ってきて知ったんだけど 甲府から南アルプス市の中心に向かう道路が3本あって そのうちの1本に 廃軌道 という名称が残っています。

電車が走っていたころの 専用軌道 の跡なんだそうです。

バス通り 廃軌道 そして新しいバイパスのアルプス通り。

妻と結婚して始めて来た時には アルプス通りはなくて 狭い道を走っていったのを覚えています。

記念館的な

で 昔の終点だと思うんだけど そこには1両だけ 保存車両として ひっそりと展示されています。

だれも訪れることもないであろう さみしく展示されている車両。

走っていたころを知っている人は もう少なくなってしまったんでしょうけどね。

知っている人には 郷愁漂う姿で往時を思い出させてくれるんでしょう。 

この車両 最後は江ノ電で走っていた ってのも僕には思うものがあります。

もしかしたら 乗ったかもしれない と。

昭和51年に江ノ電で終了だから 僕が23歳。

丁度 江ノ電によく乗っていた時期と一致するからねぇ。

昭和37年廃止で 僕と同い年の人に聞いても 走っていた記憶はないなぁ と言っているので あと10年もすれば ほとんどいなくなってしまうんでしょうね。

電車が走っていた という過去の記録を残している車両なので いつまでも元気にいてほしいです。

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